沖縄歴史認識懇話会

水崎純一郎様より、ご意見いただきました。

著者:okirekikon

水崎純一郎様より、ご意見いただきました。

2017.05.04
水崎純一郎様よりご意見いただきました。
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1.「琉球処分」と「自己決定権」
*沖縄県外の人たちの多くは、明治12年の「琉球処分」のことをよく知りません。「琉球処分」は日本における「沖縄差別」のみなもとであり、現在の沖縄県民意識に大きな影響を与えているという意見が沖縄県内では聞かれますが、これは歴史的に証明され得るものと思いますか?

→「故郷」「生まれ」などの感情は、正確な知識や高度は勉学によるものではなく、家庭・地域・時代の中で育まれるものと思います。「歴史と伝統を肌で感じる」というとき、その「感じる」メカニズムは、現在の科学による理解を超えているように思います。証明を求めても答えは無いのではないでしょうか。意識の存在は論理を超えるように思います。

*沖縄県内では「沖縄の自己決定権」確立の動きが見られます。これについては「沖縄差別」意識に基づく「分離、独立」ではなく、地方自治拡大・高度化を求める「沖縄のアイデンテイテイ―」確立の動きであると捉えるべきであるという意見がありますが、皆様はどう思いますか?

→「差別」克服のための自立と「アイデンティティ」確立のための自立は、実は同じことなのではないでしょうか。地方分権が必要と感じるのは、全体一律では、不都合なことが生じているからです。その不都合は、少数派が多数派によって不利益を被ることである場合が少なくなさそうです。不都合が酷くなると独立を思考することになるでしょう。独立志向が出てくると、先祖代々その地に住んでいた人と移住者の間で分断がおきそうです。

2.沖縄戦の今日的意義
*今年も1945年3月28日に渡嘉敷で起きた集団自決慰霊祭が同村主催で行われました。この事件をはじめ沖縄戦では多くの住民が悲惨な体験を余儀なくされましたが、第2次世界大戦末期日本では沖縄県外でも多くの住民が命を落としましたことも事実です。日本国民にとって沖縄戦の今日的意味はどこにあると考えますか?

→敵となった国の兵士と直接対峙することになった民間人、民兵が混じっているということで殺される、婦女子であれば暴行凌辱意を受ける、もちろん白旗を揚げて手厚く保護されたものもあり、その境目は神のみぞ知る、このような経験をしたのは、我が国の範疇では、沖縄、樺太、満州国でしょうか。私は全部を把握していない空襲と、低空飛行の米軍機から見えた若い米兵の顔、不時着紀から生還米兵救出など、散見される本土での刹那的対峙経験者と、実際に対峙し抑留、逃避行を経験した人とでは戦争体験の次元が違う、本土でしか戦争を経験しえいない大多数の日本国民は、沖縄の体験を自らの恐怖体験として真剣に想起追体験すべきであり、沖縄の体験を看過してはならない。

*翁長雄志沖縄県知事は、在沖縄米軍基地問題に取り組むに当たっては、「沖縄県民の魂の飢餓感」を理解する必要があると政府関係者に訴えています。沖縄県外の人達はこれをどのように捉えるべきでしょうか?

→「魂の飢餓感」という言葉をこのアンケートの問で初めて認識し、翁長知事の意見陳述全文に目を通しました。上記3項目は何れも「魂の飢餓感」という言葉で代表される意識の問題であったと言えそうです。「魂の飢餓感」に何処まで寄り添え、共鳴し連携できるか、それは無理と切り捨てるか、被制圧者になった経験が(比喩的ですが)遺伝子に残っているか、疑似体験として残っていると同等に振る舞えるか、その辺りが分岐点と感じます。東京人や京都人にとって沖縄は日本の端の一部、沖縄人にとって、今は日本国の傘下だが、「具合が悪ければ出ていく気概は失うな」でしょう。

*沖縄戦=悲劇という直線的イメージだけで沖縄県外の人達が沖縄の米軍基地問題に関心を持ち続けることは可能と考えますか?

→不可能。むしろこの直線的イメージは、沖縄は米軍支配下の地域、という内地人の沖縄切り捨て意識に繋がりそうな気がします。個々の人間が見える形での微視的各論的な探求を行うことが画一的描画から離れた人間としての共感を呼び起こし、疑似体験などを踏まえて、基地問題を考え続ける駆動力となるように思います。

3.サンフランシスコ平和条約と日米安保条約
*サンフランシスコ平和条約と日米安保条約の締結は、戦後の日本の独立とその後の発展の重要な一歩となりました。同時に沖縄には米国の直接統治という厳しい状況をもたらすものでした。当時日本が独立を達成するために取り得る現実的な安全保障政策は極めて限られていたことを思い起こす時、今日日本国民は、同平和条約発効の1952年4月28日をどのように捉えるべきでしょうか?

→第二次大戦連合国側のなかの新たな対立構造の中で、枢軸側占領地域は対立構造の中にコマとして組み込まれていく。その中に個々の人権が漂流する。そして、束ねる能力を持った者が、それぞれの思惑(社会的、利己的、その他様々)でテリトリを形成していく、その流れの節目、日本が米国の対中ソ前衛に位置付けられた日。

*沖縄県内ではまだ多くの人たちが4月28日を「屈辱の日」と捉えています。将来節目の年の4月28日に政府主催「独立記念祭」が行われるような場合、この二つの認識が今後とも長く併存したままであることは日本国民にとって不幸なことです。どうすればこうした状況を克服することができると考えますか?

→4月28日が独立記念祭というのは、見当外れな話しのように感じます。国の主権が分断され半自由(半拘束・半不随)が固定された日。被制圧国の主権を半不随にして喜ぶのは、制圧国側の立場ではないでしょうか。4月28日を祝うのは、対中日本の立場からいえば、利敵行為なのではないか。現行憲法の発布施行と併せて日本独立の流れの一環と位置付けて、独立記念祭を祝うという方向もありでしょうか。

*平和を希求することは日本の国是であり、全国民の強い願いです。同時に政府として厳しい国際情勢を考慮に入れない
安全保障政策を取ることは、実際問題として出来ないことでしょう。理想と現実の間に大きな差異がある中で、サンフランシコ平和条約と日米安保条約締結の歴史的意味を改めてよく考えるとともに、より良い将来の安全保障政策を探求していくという未来志向の姿勢を持つことは可能と考えますか?

→北海道から九州までの主要4島に関していえば、いわゆる海外からの侵略を受けたことがないのが、日本という特殊な国である。また、その住人の大多数は日本人と称される民族である。民族の国境による分断と複数民族の共存が一般的である大半の国、連邦政府などに比べ、日本ンは比較的単純に見えるため、逆に大多数の日本人が理解できない世界基準というべき国という理解がある。ベルリンの壁が崩壊して1世代1/4世紀、太平洋戦争が終わってから約3世代、今後の世界を占うためには、東アジアに始まっている急激な人口減少、その1-2世代後に約100億人をピークに始まる世界的人口減少と様変わりする人口分布を考慮した体系を創造することが望まれる。

*地位協定は米軍基地周辺住民の生活に大きな影響を与えるものです。他方、憲法上の制約を抱える日本が地位協定だけ取り出して「対等な関係」を米国に求めるということは可能と考えますか?

→占領者は非占領者を奴隷として扱う。これは、古来行われていた慣習の一つであったと理解しています。人は(神の前に)全て平等であるという思想が、古来の週刊と対峙する(いわゆる西欧)思想で、人権思想の根幹だと思います。沖縄における地位協定は、公民権法施行前の白人米国の思想に基づいているのではないでしょうか。小柄で痩せた半裸の種族は猿に近く見えたのでいくらでも殺せた。その後、同じ体型の同じ顔をした人々が偉大な思想家や学者/政治家として現れ、ぞっとした。。。。というような話を米国退役軍人の話として聞いたことが何度かあります。

4.地位協定
*地位協定については、米軍基地が集中する沖縄では「全面改訂」という強い要求が行われていますが、沖縄県外の米軍基地所在地から同様の声は余り聞こえてきません。具体的な問題に即して米軍基地負担軽減措置を政府に要求していくことの方が、地位協定の全面改訂を求めるよりも実際的な効果が上がる、という考えについてどのように思いますか?

→米兵と地域総人口の比率、人口密度などと、米兵関連の事件が地域で起こる総事件数に占る割合などをしっかり把握してからでないと、この議論を進めるのは難しい。私は藤沢市辻堂海岸の演習地近くで育ちました。地域・幼稚園・小学校での米兵への警戒教育は今から振り返ると相当なものでした。また、演習地立ち入りは厳禁、命の保証せず、という感じでした。神奈川県外で考えると、基地キャンプは何れも人口密集地域に囲まれていて、悪さをやりにくい状況なのではないだろうか。少なくとも米兵以外による犯罪が大部分であり、目立たなくなっているのではないだろうか。

5.米軍基地関連事件・事故
*沖縄県外には、米軍関係者と沖縄県民の犯罪発生率を比較し、沖縄の日本復帰以降米軍関係者の犯罪率は県民犯罪率に比べてはるかに低くなっているという見方があり、沖縄県内ではこれに反発する声が強いですが、こうした認識の違いをどのように捉えるべきでしょうか?

→犯罪の内容(人間蔑視の程度、被害者の方の不注意の程度など、顕に議論しにくいが実は重要な問題)がポイントではないでしょうか。地域の怒りは被害者が無力なほど大きい。そして、例えば、危険な要素を持った人物が基地外を徘徊する確率は、基地に駐留している兵士の数に匹敵する。沖縄における重大犯罪の解析をしていないため、この問題への回答はできない。

*政府の再発防止策ついては、実効性に乏しい、アリバイ工作に過ぎないといったような評価が沖縄県内では見られがちですが、これは実態に合っていると思いますか?

→実態に合っていると思います。「犯罪を犯しても若干の不利益は生じても大過ないように軍が助けてくれる」という思いがあるか「犯罪を犯すと現地裁判所がどの様な判断をするか不明、永久に帰れなくなるような長期拘留があり得る」という思いがあるかで、犯罪抑止力は大幅に変わる。

*再発防止のための日米協力の余地はまだ多く残されていると考えますか?

→報道による情報だけを見ていると、米軍側は、どの様に対応すれば犯罪防止ができるかをある程度マニュアル化していて、日本政府が強く要求すれば、それに応じて策を提示していく用意があるのではないかと感じてしまう。余地は極めて広いと思える。

*米軍関係者による事件・事故の発生は、特に基地周辺住民に大きな物理的・心理的負担を与えています。歴史認識の違いを議論する前提として、「沖縄賢人会議」において、米軍基地関連事件・事故の客観的な分析を行うことが必要であると思いますか?例えば、より効果的な再発防止策を講じていくためにも、沖縄戦終了後現在に至るまでの期間を幾つかに分けた上で、事件・事故の推移(発生件数、事件・事故の性格、再発防止策の有無とその後の効果、日米協力等々)を専門家にレビューして貰うという考えをどのように思いますか?

→やるべきです。年齢別性別人口分布など人文社会科学の様々な解析に耐えうるような環境面での背景情報と事件事故の加害者側被害者側の背景(当日の事情、普段の人となりなどを含む)を踏まえた調査が必要と感じています。

 6.沖縄経済と米軍基地
*広大な米軍基地が存在するために戦後沖縄経済の発展は日本全体に比して立ち遅れてきたという見方ありますが、これを巡っては県内外の人たちの間で、大きな認識上の違いがあるとみられます。この問題については、先ず経済実態について知ることが重要であり、マクロ経済的視点を重視した更に幅広い分析と調査が必要であると思いますか?

→豊かさの指標は何かという問題があります。冬に暖房が欠かせない地域と暖房不要の地域ではエネルギー消費形態が全く異なり、それが国民1人当たりのGDPというような指標に大きく影響する、豊かさの指標は寒い地域で作られ経済学で勘定されていなかった自然の恵みの因子を含めて考えねばならないのではないか。自然と共生というエコシステムの一員としては当たり前な因子が従来の経済学では負の要因として勘定されていたのではないか。その辺りを考慮したアセスメントが期待されます。

*沖縄の米軍基地の存在と沖縄経済振興策との間にリンクがあるのかないのかを巡って大きな意見対立が見られます。この対立は不毛なものと思いますか、それとも、経済実態の論点を整理することによって建設的な議論が可能になると思いますか?

→基地は関連する業務に携わる人には重要な生活の糧です。しかし、基地の規模は基本的には変わらない。つまり、そこから得られる生産は変動しない。それに対し、沖縄の東アジア圏のセンター的位置に有るという地の利を生かした商業活動や観光、畜産農漁業その他の展開は発展の余地がきわめて大きい。基地の経済的比重が低下し、土地有効利用の大きな阻害要因として浮かんでくるのは時間の問題と感じます。人口減少が沖縄にどのように現れるか、これも考慮しなければならない未知要因のひとつです。

*現行の沖縄振興策は「沖縄21世紀ビジョン」を広く反映していますが、この中でどのように「基地経済」を位置づけしていくべきと考えますか?

→基地存在の是非は別として、ビジョンを考えるときは、基地は空白な被占領地として地域デザインからは除外して考えるべきでしょう。基地により潤される一部の人や、基地があることに対する国からの補償は、不確定な変動因子として、これも大局的計算からは外し、正負それぞれのオプションとしてシミュレートすることが妥当な気がします。

7.沖縄の新潮流
*ソフトパワー重視による現行沖縄振興計画は、「沖縄21世紀ビジョン」を反映したものであり、「沖縄経済の将来」について県と政府間で基本的認識が共有できる環境が整備されてきたことは極めて重要性なことです。これは長年続いてきた「沖縄差別」を克服するきっかけになると思いますか?

→自然保護を名目にして自然破壊を行い、土木建設関連の仕事を造る、その後、無理なお仕着せ施設が廃墟になれば、再び土木建設業者が解体復旧作業で仕事を得る、というような愚行と勤労による成果(利潤、国が得る税金等)の浪費がくりかえされないような注意が必要と感じます。福祉システムなど、社会システムの基盤整備が沖縄で試みられれば結構と思うのですが、いかがでしょうか。

*上記の基本認識の共有は、政府と沖縄県が沖縄米軍基地負担軽減問題に取り組む上でどのような影響を与えると思いますか?

沖縄21世紀ビジョンでは、基地は主に跡地として出てくるようです。途中段階で共存状態があり、消えゆくもの(基地)と基地のない沖縄(ビジョン)の緩やかな交代を想定しているように思います。基地負担軽減への指向を後押しする方呼応です。
基地が存在していることで現在得をしているのは誰か、基地が必要だとあげているのは誰でその理由は何か。実際に基地が機能するのはどのような場合か、等を総合的に客観的(論理的、力学的、当事国を離れた第3者的)に検討する必要があるように思います。

*長年にわたって沖縄県民は「基地との共存、共生」という考え方を拒否してきた歴史があります。一方、沖縄の地域特性を発揮しながら、アジアの成長を取り込み、日本とアジア太平洋地域との交流と成長に貢献する地域拠点の形成が沖縄の大きな目標となった現在、米軍基地負担軽減措置の進展が前提とはなりますが、米軍基地の存在は沖縄県がアジアとの経済社会文化等広い分野での連携を強化していく上で、依然として大きな障害にはなると考えますか、或いは、米銀基地といった政治問題と経済等ソフトパワー分野の問題とは切り離して取り組むことが可能と考えますか?

→実例として、ドイツや韓国の米軍基地が現地の経済的発展や国際交流に大きなマイナス要因になっているという話は聞いたことがない。切り離して考えて全く問題ないのではないか。基地存続を強く望み、沖縄が基地のよって潤っているというシナリオを保持したい人たちには困った問題かもしれませんが。

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