沖縄歴史認識懇話会

政府及び沖縄県双方にとっての「沖縄賢人会議」(仮称)設置のメリットについて

著者:okirekikon

政府及び沖縄県双方にとっての「沖縄賢人会議」(仮称)設置のメリットについて

政府及び沖縄県双方にとっての「沖縄賢人会議」(仮称)設置のメリットについて

1.沖縄米軍基地負担軽減問題には、実際に沖縄県民が負っている「物理的負担軽減」問題という側面と並んで「心理的負担軽減」問題とも言うべき側面の二つがある。後者は、長年にわたって沖縄県内で頻繁に取り上げられてきている認識(即ち、本土から「差別的待遇」受けてきたという認識)に典型的に代表される「沖縄県民の歴史認識」問題に関わるものである。この二つ側面は車の両輪のようなものであり、「沖縄賢人会議」は、これまでブレーキのかかったままの心理的側面という輪を動かし、基地負担軽減問題という車を堂々巡りの円弧から前進へとギアチェンジする効果をもたらすことが期待される。(注)

2.歴史認識問題は複雑であり、異なる認識を一致させることは本来的に難しい。他方、戦後の沖縄歴史に関して異なる認識が放置されたままでは、例えば普天間飛行場の辺野古移設のように極めて重要な政治的課題を巡る状況は、今後益々複雑化し、国内で徒らに「親沖縄」感情と「反沖縄」感情の二極化が進みかねない。政府も県もこのような事態の招来は望んでいないであろう。

3.歴史認識という心理的側面の課題については、物理的側面の場合と異なり、立場の相違をお互いに理解すること自体が、前進の一歩になり得る。歴史認識問題の複雑性を忌避し、特定の立場に立つ人たちがただ一方的に自己の意見を表明する状態が続くならば、意見を異なる人たちの間には感情的な対立、わだかまりが深まっていき、亀裂が埋まらなくなる惧れすら出て来よう。一方的な意見表明という「すれ違い」の状況からは建設的なものは何も生まれて来ない。他方、一堂に会して相互に意見表明を行うならば、お互いの立場の違いについての「距離感」が分かって来ると期待される。そこから更なる話し合いの機運が高まることが期待される。

4.「沖縄賢人会議」は、政府と沖縄県間の直接的な話し合いを目指すものではなく、沖縄の歴史問題を民間有識者に議論して貰う枠組みとして、政府と沖縄県が共同して設置するとの趣旨である。「沖縄賢人会議」は、政府及び沖縄県がそれぞれ任命するメンバーをもって構成されることが想定されている。実際に会議が開催されることになれば、特に当初の段階では、立場の大きく異なる見解が多々表明され、相当感情的な対立が生じる惧れもあろう。他方、会議を重ねることによって、相手方の認識に同意できないまでも、少なくともお互いの認識が奈辺にあるかについて理解が深まる可能性がある。例えば「沖縄経済と米軍基地」問題などはこうした効果が期待される議題の一つであろう。こうして沖縄歴史上の代表的事例を幾つか取り上げて相互認識を披瀝し合うことを通じ、固定観念、誤解といった部分への理解が沖縄県内外の人たちの間である程度進み、やがて認識の一致点、不一致点の整理も可能となっていくであろう。これだけでも、沖縄の人たちの心理的負担は軽減されるものと信じる。こうした状況の変化は、物理的負担軽減問題に取り組む政府と県の話し合いの環境改善にも貢献していくことになろう。

(注)この二つの側面については、車の両輪というよりも、物事の裏表に例えられるものであって、表裏一体の課題として同時に取り扱われる必要があるとの意見もあり得よう。心理的負担、歴史認識の側面は、個々の米軍基地負担軽減問題の背景をなすものであって、物理的側面と一体化されているという意見である。他方、具体的な基地負担軽減問題を巡る政府と沖縄県の話し合いにおいて、この両者を同時に対話の俎上に載せることは、実際問題として、ほぼ不可能に近い。それは、沖縄戦以降現時点にいたるまで、沖縄県民の「心理的」側面を正面から取り扱う「場」が設けられて来なかったこともあり、「背景」部分が沖縄県内で一つの独立した歴史認識の問題として形作られていき、結果として米軍基地問題に関する沖縄県外の人たちとの間の認識の差異は、今では極めて大きくなってしまったからである。従って、この二つの側面は車の両輪として捉えることの方が適切であり、かつ、心理的側面、歴史認識という側面は政府と沖縄県が対処するのではなく、民間有識者の手に委ねることが現実的である、ということになる。
              (了)

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