沖縄歴史認識懇話会

普天間飛行場の辺野古移設問題(その1)

1.制度的、実務的側面の論点整理

普天間飛行場の返還は、1996年のSACO最終報告書に明記されているように、代替施設の建設を一つの条件に日米間で合意されたものです。現在政府はSACO最終報告を基礎に、辺野古地域に代替施設を建設するための護岸工事を現在進めていますが、ここに至るまで政府の具体的な建設計画は紆余曲折を経てきました。県側の立場も幾多の変遷を経、その間政府の立場に限りなく近づいた時もありましたが、翁長雄志現沖繩県知事は辺野古移設に明確に反対しています。

ここでは、沖縄の歴史問題は一度横に置いて、日米安保体制の抑止力の問題、辺野古移設以外の選択肢、辺野古移設がもたらす物理的側面の基地負担軽減度といった項目のもと、専門的な観点というよりも、沖縄県内でしばしば取り上げられる観点を中心にして、一般の方々にも読んで頂けるように工夫しつつ、普天間飛行場の返還問題の論点整理をしてみたいと考えます。

(1)抑止力

*日本の基本的安全保障体制は、日本自らの防衛力の整備と核兵器を含む米国の抑止力を背景とする日米安保条約という二つの大きな柱から成り立っています。近年米国は全体的に抑止力を弱めない範囲内で、海外に展開する兵力の再編成を進めてきています。沖縄から米海兵隊のグアム等への移転計画も、こうした大きな流れの中で進められようとしています。米海兵隊の使用する普天間飛行場の閉鎖と辺野古地域への代替施設建設もこうした流れの中で捉えられるべきものです。一方、沖縄県内関係者を中心にして、米海兵隊は日本にとって抑止力となってはいない、軍事的観点からしても辺野古移設は不必要であり、普天間飛行場の返還を求めることこそ正しい選択であるといった議論が行われています。しかし、この主張の結論部分のみを取り上げて議論する場合には、大きな誤解が生じるおそれがあるでしょう。米国の抑止力は基本的に核兵力と通常兵力の双方から成り立っていること、米国は海兵隊を含む兵力を総合的に使って戦争を抑止する戦略を取っていること、兵力の構成要素の一つだけを部分的に取り出して抑止力となっているか否かを判断することは相当困難であること等々を十分に踏まえた上で、もう少し綿密な議論をしていくことが必要でしょう。なお、沖縄県内には、米政府関係者の間にも海兵隊の沖縄駐留の軍事的必要性を否定する意見があるにかかわらず日本の官僚が駐留の必要性に固執しているとして、あたかも官僚が政治家を操っているが如き意見を述べる向きもありますが、日本の政治の実態からして、こうした見方はいかがなものでしょうか?

*かつて民主党幹部が「常時駐留なき安保」論を唱えたことがありました。これに対して日米両政府は、一定規模の米軍兵力を今後日本の国外に移転するとしても、実効的な抑止力を維持するため、中核となる米兵力の日本駐留が必要と考えており、「常時駐留なき安保論」を否定しています。普天間飛行場の代替施設建設計画も、米海兵隊所属のヘリ部隊等の第一線部隊の日本駐留を前提とした政策です。一方、「常時駐留なき安保論」の流れを組む人たちの中には、さすがに嘉手納空軍基地や横須賀海軍基地といった大規模米軍基地からの米兵力撤退までは求めてはいないようですが、海兵隊については、少なくとも沖縄に海兵隊を駐留させておく軍事的合理性に乏しいと主張をする人たちがかなり多いようです。また、これに関連して、米海兵隊の第3国に対する訓練や人道支援の機能に着目して、その部分のみを沖縄に残すことを主張する意見もあります。こうした議論をどのように捉えるべきでしょうか?

*(普天間飛行場の代替施設建設場所についての議論は後述しますが)今後とも国際情勢の変化に応じ、米国の兵力編成や日本の防衛力整備方針は見直されていくでしょうから、「沖歴懇」としては、米抑止力の中で果たしている海兵隊の機能・兵力をどの程度まで日本に留めておく必要があるかどうかについて、沖縄県内外でもっと深く議論していくことが極めて重要と考えます。米海兵隊兵力の日本における駐留規模と自衛隊の離島防衛能力との間に相関関係はあるのかどうか、海兵隊本来のハードパワーをグアム等に移転させ、訓練等のソフトパワー機能のみを沖縄に残す積極的な意味はどこにあるのか(つまり海兵隊のソフトパワーはそのハードパワーに追加されているものであって、相互代替性の関係にある訳ではないといった議論)等々についての議論は、特に普天間飛行場の辺野古移設問題との関連で重要となりましょう。

*また、米国は日本を防衛する考えはない、日米安保体制は日本防衛のためには機能しないなどとして、米の抑止力を信頼することに疑問を呈する議論がありますが、これも大きな誤解を生じさせるおそれのあるものと言わざるを得ません。同盟は紙(条約)の上だけで機能できるものではありません。政府は長年にわたって日米安保体制が実質的に機能するための努力を重ね、米国との防衛協力関係の推進に不断に努めています。現実に行われている防衛協力に対する実態分析なしに、米国のシンクタンク等の専門家や元軍人等が口にする意見を使って日米同盟の機能に疑いを投げかけてみても、それだけでは政府に影響を与えることはできないでしょう。民間有識者が所謂密約文書を発見したとして米国は日本を守らないと主張したとしても、日米防衛協力は年々着実に進展・深化しています。一方、米の核抑止力のもと、日本に駐留する米軍の通常兵力をどこまで縮小し得るかについては、より精緻な議論が重要であると「沖歴懇」は考えています。その為には、先ず、今後の日本の防衛力整備の在り方や、自衛隊と米軍との間の防衛協力、特に所謂相互運用可能性(inter-operability)の着実な深化・拡大が第3国からの脅威の抑止に対してどのような役割を果たしているか、どのような効果を発揮しているか等々についてよく分析することが重要となるでしょう。その上で、時間は多くかかったとしても、自衛隊の防衛力の増大と能力の向上に応じて米軍のプレゼンスを縮小させていくことの可否・是非を議論することこそ、この流動的な国際情勢の下で重要であると考えている次第です。読者の皆様はどのようにお考えでしょうか?

*「沖歴懇」は、政府と沖縄県が協力して「沖縄賢人会議」(仮称)を設置することを提唱していますが、その枠組みの中で、安全保障問題の専門家たちが、この重要な抑止論と沖縄の基地負担軽減問題の相関関係について十分議論することが有用と考えております。読者の皆様の見解はいかがなものでしょうか?