沖縄歴史認識懇話会

沖縄差別(その3)

「構造的沖縄差別」について

翁長雄志沖縄県知事はじめ沖縄の関係者の間では、「構造的沖縄差別」という表現がしばしば口にされます。本土の人たちにはなかなか理解しにくいものですが、沖縄県民に対する「差別意識」というよりも、日本では日米安保体制のもと沖縄県に基地の過重負担を押し付ける政治構造が出来上がっているとして、これを「構造的沖縄差別」と表現しているようです。翁長知事は、国土の0.6%の面積の沖縄県に米軍専用施設総面積の70%余(注;2016年12月の北部訓練場過半の返還後は70.6%)が集中している;米軍施設の集中から地位協定の不平等性と理不尽さが見えて来る;世界一危険と言われる海兵隊普天間飛行場の存在、民意を無視した辺野古新基地建設の強行、世界的に貴重な自然環境の破壊等々が示すように、日米安保体制の名のもとに、自由、人権、平等という価値を守る民主主義国家にあるまじき現実が沖縄で繰り広げられている;基地は沖縄経済の最大の阻害要因になっている等々といった文脈で、「構造的沖縄差別」問題を取り上げています。

「構造的沖縄差別」を論じるためには、日米安保条約や地位協定に対する制度的理解、核抑止論等の軍事知識、米軍関係者による事件・事故に対する実態把握等が必要ですが、「沖歴懇」がこれを詳細に論じることは困難であり、専門家に委ねる必要があります。ここでは、沖縄問題に対する常識的、一般的な知識・理解という範囲内で、「構造的沖縄差別」問題を取り上げます。なお、在沖縄米軍基地と米軍の抑止力の問題については、便宜上、次回の普天間飛行場の辺野古移設のテーマの中で取り上げることにします。

(注)「構造的差別」は長文になりましたので、以下の1から2.②までを前半、2.③以降を後半としてホームページに分割して掲載します。

1.日米安保体制の受けとめ方

*1952年サンフランシスコ平和条約と同時に日米安保条約が調印されました。同年米軍の日本駐留と米軍基地の使用を定める行政協定が結ばれました。その後1970年に日米新安保条約が締結され、そのもとで行政協定に代わって地位協定が締結されました。こうして日米安保体制は、日本の防衛力整備と相並んで日本の基本的安全保障に関わる重要な柱の一つとして現在に至っています。

*沖縄の歴代知事は、革新系、保守系の如何に拘わらず、日米安保体制そのものの廃止等を求めてはきませんでした。主張の度合いに濃淡はあったとしても、歴代知事が求めてきたことは、我が国の安全保障のために日米安保体制が重要であると言うならば、面積の狭い沖縄に過重な米軍基地を負担させるのではなく、日本全体で負担すべきであるということでした。国や沖縄県或いは民間のメデイアや研究機関等が行ってきた日米安全保障条約についての世論調査の推移を見ると、全国レベルだけでなく沖縄県においても、同条約が日本の平和と安全に役立っているとの回答が50%を越えています。ここから見ても、歴代知事の日米安保体制に対する立場は、政治的現実を踏まえたものであると言えるでしょう。

*沖縄で問題にされているのは、日米安保条約(正式名称は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約)対するというよりも、同条約第6条を受け、在日米軍の施設・区域の使用のあり方や日本における米軍の地位について規定した日米間の協定(正式名称は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)に対するものです。この地位協定は、日米安保条約とともに国会で承認された国際約束です。同協定には、施設・区域の提供、米軍の管理権、日本国の租税等の適用除外、刑事裁判権、民事裁判権、日米両国の経費負担等が定められています。

*本土の人たちの多くにとっては、米軍基地周辺住む人たちを含め、地位協定はあまりなじみのないものかもしれませんが、狭い沖縄本島の中で米軍関係者による事件・事故や基地から生じる種々の環境問題等々に悩まされてきている沖縄県では、地位協定が住民生活に直接影響を与えるものとして。日常的に問題にされてきています。事件・事故が発生するたびに基地使用のあり方が問題視されるのです。

2.米軍基地の整理統合と地位協定

➀整理統合の推移

*サンフランシスコ平和条約締結後、本土における米軍基地は整理統合されるようになり、特に1972年の沖縄の日本復帰後はその動きが加速化されました。一方、沖縄では1960年以降、ベトナム戦争の進展に伴い米軍の戦力が急速に増強されました。その間、本土にあった米海兵隊基地が沖縄に移されてきたこともありました。総じて本土における米軍基地負担は減少し、沖縄県における負担が増加していったことは客観的事実と言わざるを得ません。また、沖縄復帰の翌年、ベトナム和平協定が成立した1973年の後も、沖縄では県民の望むような規模と速度では米軍基地は整理統合されませんでした。復帰後の発展に対する期待感と本土から米軍基地を押し付けられているとの不満の二つが併存し、米軍基地をめぐる沖縄の県民感情は複雑であったと見られます。米軍関係者による事件・事故の発生件数は、復帰後90年代半ばまで急速に減少してきましたが、1995年の少女暴行事件の発生によって、県民の反米軍基地感情は一挙に高まったのは、こうした不満の蓄積が背景にあったためと言えるでしょう。米軍関係者による重大事件・事故の発生によって、沖縄の人たちの脳裏には復帰前の沖縄の記憶がよぎり、日本の主権はどこにあるのかといった思いのあることを、本土の人たちもしっかりと念頭に置く必要があるでしょう

*1995年の米海兵隊員による少女暴行事件は日米両国政府を覚醒させるに十分であり、沖縄における米軍基地の整理統合の話し合いが迅速に開始されました。その結果、1996年12月両国政府によって、日米特別合同委員会(SACO)の最終報告が公表されました。この合意に沿って現在に至るまで県内米軍基地の整理統合が進められてきています。

*SACO合意の象徴でもあり、世界一危険であるとも言われる普天間飛行場の返還問題については、民主党政権時代に若干の中断があったものの、10数年にわたる紆余曲折を経ながら、総じて辺野古地域に代替施設を建設することで政府と沖縄県との間で様々な話し合いが続けられてきました。しかし、辺野古新基地建設反対を掲げて2014年に第7代沖縄県知事に就任した翁長雄志氏は、辺野古代替施設建設計画を進める政府の政策に真っ向から反対の姿勢を示し、最近政府との対立はますます先鋭化してきています。結果として、普天間飛行場の早期返還を求める周辺住民の要望は実現されないまま、SACO合意から20年以上が過ぎてしまいました。また、2016年12月には北部訓練場の過半の返還が日米間で合意されましたが、同訓練場の返還に伴う東村高江地区における新たな米海兵隊用ヘリポートの建設を巡る反対運動が激しく行われました。更に普天間飛行場所属ヘリコプターが2016年12月名護市安部沿岸に墜落、2017年10月に東村の民有地に不時着炎上、同年12月13日には普天間第二小学校の校庭に米海兵隊所属ヘリコプターから重さ約7.7トンの窓が落下し、校庭で体操の授業を受けていた生徒たちが危うく大事故に見舞われるところでした。最近相次いで発生しているこの米軍航空機事故もあり、政府による米軍基地整理縮小の努力にもかかわらず、県民にとっては基地負担軽減どころか、かえって負担増を感じさせる結果をもたらしているようです。

➁地位協定改定問題の推移

*日本の敗戦後サンフランシスコ平和条約締結までの間は、日本全国の米軍基地周辺地域において、多くの米軍基地がらみの重大事件・事故が発生していました。その後、本土の米軍基地の返還・集約化等が進んだことも影響し、現在本土における米軍基地周辺の重大事件・事故の発生件数は大幅に減少しました。一方、沖縄県では、米軍関係者検挙者数について見れば、例えば沖縄の日本復帰以降90年代の後半にかけては急速に減少の傾向を示し、その後は年によって違いはありますが、ほぼ横ばいという趨勢になっています(沖縄県警資料)。しかし、2016年、17年の状況を見れば、米軍基地関連の重大事件・事故はかえって目立つようになっています。こうした状況のもと、沖縄県内では米国は日本の主権を侵害しているとの非難の声が沸き上がり、政府に対し地位協定の「抜本的な改定」の要求が強く行われているのです。

*地位協定改定要求の経緯について見れば、先ず1996年、沖縄県は「地位協定改定案」をまとめ、政府に働きかけを開始しました。その後2000年8月と2017年9月、県はそれぞれ新たな改定案をまとめ、政府に提出しました。最近米軍関係者による事件・事故や米軍航空機による事故が多発していることもあり、翁長沖縄県知事は地位協定の抜本的見直しを益々強く求めるようになっています。一方、政府は、国会承認を必要とする地位協定の改定ではなく、地位協定の「運用の改善」(日米間の地位協定の下に設置されている合同委員会における日米合意)や環境補足協定といった日米両国の行政府間の取り決めを通じ、具体的な事案に対応するという姿勢を取ってきています。

*上述のように地位協定は、米軍施設・区域の使用のあり方や日本における米軍の地位について定めた国際約束であり、その運用ぶりや問題点については、過去の一つ一つの事例に当たって見ていく必要があり、本土の人たちにとって極めて理解の難しいものです。そこで、沖縄県内でしばしば取り上げられる典型的な問題を一般的な形でここに紹介しましょう。

*先ずは米軍と日本の当局の裁判権が競合するケースです。例えば或る米軍関係者が基地外で日本の法律に違反する行為に及んだと仮定しますと、沖縄県警が被疑者を現行犯で逮捕する場合には、そのまま身柄を拘束することができます。しかし、被疑者が基地内に逃げ込んだような場合や基地内で別途米軍当局により拘束されたような場合には、県警に対する被疑者の身柄の引き渡しはすぐには実現出来ないといった制約が出てきます。

*また、米国は米軍施設・区域の管理権を有していることから、例えば基地の中から汚染物質が基地外に流出したような場合、日本の当局は米軍側の同意がない限り立ち入り調査等を行うことができないことが問題にされます。

*更に最近のように米海兵隊のヘリが民有地に不時着・炎上したような場合、米軍がヘリの財産権を持っており、県警はヘリの残骸を差し押さえて調査するということできないといったことも問題になっています。

*このように地位協定上、米軍及び米軍関係者に対する日本の法律適用が制限されていることもあり、日本政府は米軍関連事件・事故の再発防止に効果的な措置を取り得ず、米側も県民の懸念に応える防止策を講じないまま、結局同じような事件・事故が繰り返されているといった不満が、沖縄県側には強く存在しているのです。最近の米軍ヘリ窓落下事件に際しては、翁長知事は“県民の我慢は限界を超えた”と怒りを顕わにし、地位協定の抜本的改定を益々強く求めていますが、その背景には、効果的な事件・事故の再発防止措置が取られないことに対する苛立ちがあると考えます。こうした苛立ちの高まりは、本土の多くの人たちもよく理解し得るところではないでしょうか。

 

➂地位協定改定にまつわる問題点

*地位協定の改定要求という選択肢を取る場合には、先ずは日本の安全保障に対する法制度について正しく理解する必要があります。上述のように地位協定は日米安保条約と一体化された国際約束であり、しかも日本では国会、米国では連邦議会の承認が必要という極めてハードルの高いものです。従って、協定の全面改定を求めることによって、実効性のある事件・事故の再発防止措置等を求める沖縄県民の要望に沿った結果が実際にもたらされるのか、却って県民の望んでいないような事態を招来してしまわないか等々について、十分考えておく必要があるでしょう。

*そもそも地位協定は、協定に定める任務遂行のために派遣される軍隊の駐留先国内における地位等を定めるものであり、軍隊派遣国の権限が相当高度に認められています。日本の自衛隊の特定国への派遣、例えば海賊対策のためのジブチへの派遣等についても、派遣先国の行政府との間で地位協定が結ばれます。各国がそれぞれの立場で結んでいる地位協定について比較してみると、骨格においてはかなり似通っている面があると同時に、各国それぞれ固有の規定も存在しています。ちなみに、外務省は、日米間の地位協定はNATO諸国が結んでいる地位協定等と比較して遜色のないものであると説明していますが、沖縄県はこれを疑問視しています。沖縄県は、2018年度からドイツやイタリアが結んでいる類似の地位協定を調査し、日米間の地位協定と比較を行う計画を有しているようですが、恐らくこれは「抜本的な改定」要求の裏付けをするための実務的な調査という性格のものなのでしょう。一方、このような各国比較調査を行うというのであれば、日本の基本的安全保障体制に対する十分な理解と分析が必要になるでしょう。以下に若干の問題点を整理しておきましょう。

*例えば沖縄県内には、“日本主権を取り戻す“というスローガンのもと、地位協定の抜本的改定を強く求める動きがありますが、日本の場合と、ドイツ、イタリア、韓国のように、所謂”普通の国“として集団的自衛権に基づいてNATOや米国との間で”相互安全保障条約“を結んでいる国の場合とでは、安全保障体制を巡る事情が異なります。日本の場合にはこれら諸国と異なり、集団的自衛権の行使には相当の制約が課されています。従って、日本の場合とドイツなど諸外国の場合とを表面的に比較するだけでは、誤解が生じる恐れがあります。国際約束(条約、国際協定等)当事国の主権は大なり小なり制限されることになるので、各国とも国内法を制定して国際約束を履行しています。国際法と国内法との関係については、例えば最近のTPP協定のことを考えれば、読者の皆様の理解は容易でしょう。一方、沖縄で主張されているのは、日米間の地位協定には航空法等関連する日本の国内法令に重要な適用除外項目が設けられており、日本の主権制限が許容し難いレベルになっている、米軍基地が多く存在する沖縄ではそれが日常生活に大きな影響を与えるところまできているなどと思われます。こうした主張が正当性を持つものか否かは、日本の置かれた国際環境と日本の国内体制に対する十分な検討を経た上で、初めて判断されるべきことでしょう。従って、将来沖縄県が将来まとめる調査において、各国協定上の“良い”ところのみを網羅した”県益”が前面に出て来るとなると、政治的実現性に乏しいといった批判が出て来るおそれがあるでしょう。こうした批判を回避するためには、各国の安全保障体制をよく調査し、日本としてどこまで共通の土俵で各国の地位協定との現実的な比較が可能かについて、事前によく問題点を整理しておく必要があると考えます。

*また、日米間の地位協定は安保条約と一体化されていることもあり、地位協定を抜本的に改定するとなると、日米安保体制の包括的見直し議論を誘発することにもなるでしょう。その中には、地位協定の見直しを求める沖縄県内の期待とは相反し、“日本は憲法改正によって集団的自衛権の完全な行使を認める体制を整備すべきである”という議論も含まれることになることをも予想しておく必要があるでしょう。東西冷戦が終わり、近未来を予想することが極めて困難かつ流動化している現在の国際情勢を見れば、「非武装」中立主義や「軽武装」経済発展中心主義といったひと昔の概念はもとより、日本の防衛力の整備と日米安保条約を基本とする現在の安全保障体制からもかなり離れた「重武装」的な新防衛戦略が、日本のみならず米国においても、議論される可能性は大いにあると予想すべきでしょう。昔から沖縄では、“「パンドラの箱」を開けることになるとして、外務省は地位協定の改定に「及び腰」である”とする批判がよく聞かれますが、「パンドラの箱」を開けることによって予期しない状況に陥る危険性は、沖縄県側にもあり得ることを十分予想しておく必要があるでしょう。いずれにせよ、沖縄県側としては、地位協定の「抜本的改定」要求を通じて最終的に何を達成したいと考えているかについて、事前に立場を公にしておくことが重要でしょう。なお、沖縄県側が、地位協定の「抜本的、全面的」改定ではなく「部分的改定」を求める方向に方針転換したとしても、状況にあまり違いはなく、安保体制の在り方への全面見直しの議論は誘発されることになるでしょう。国会承認条約の改定という手段を通じて個別的な「県益」を追求することは、恐らく至難の業となることでしょう。

*一方本土の人たちは、“国益”の名のもとに、過重な米軍基地負担を押し付けられたままの状況が続くことには我慢ならないという沖縄の人たちの気持ちを十分理解する必要があります。既に触れたように、日本政府は、地位協定の改定には極めて消極的であり、個々の事案に沿い、地位協定によって設立されている合同委員会における合意でもって、沖縄県側の要求も実質的に含めた地位協定の運用上の改善を図るという対応をしてきています。その合意は、刑事裁判手続きの改善、嘉手納飛行場、普天間飛行場における騒音規制措置、SACO最終報告における9項目の運用改善、低空飛行訓練に関する具体的な措置、環境原則に関する具体的措置等々多岐にわたっています。しかし、沖縄県側はこれら運用改善だけでは事件事故の再発防止に不十分としています。恐らく全国民も沖縄県民に似た思いを持ち、政府に対して更に踏み込んだ措置を講じる必要があると思っているでしょう。こうしたことを考慮に入れ、沖縄県が各国の地位協定との比較調査をするに当たっては、地位協定の改定とその実質的な効果との相関関係を客観的かつ十分に分析する必要があるでしょう。なお、「沖歴懇」としては、客観性を有する各国地位協定の実態調査は、将来の沖縄の基地負担軽減問題に対処する上で、極めて有用であると考えます。

(より効果的な事件・事故の再発防止措置)

*さて、沖縄県にとっても政府にとっても大きな現実的課題は、米軍関係者による事件・事故が多発していることです。特に最近その傾向が目立ちます。先ずは、現行の地位協定のもとで、どこまでより効果的な再発防止措置を取り得るか、即ち、地位協定の改定を求める前に、先ずは現行地位協定のもとの合同委員会における合意、或は、別途日米両国行政府間の取り決めによって、どこまでより効果的な再発防止を担保できるかについて、包括的にレビューするとともに、更なる改善措置について知恵を絞るべきではないでしょうか?地元紙の社説や論調等を見ますと、事件・事故の報道・分析の後、一挙に“普天間飛行場の閉鎖しかない”、“米海兵隊の撤退しかない”、“地位協定の全面改定しかない”といった断定的な主張で終わる記事がしばしば報道されることに気がつきます。しかし、こうした主張から直ちに現実的な成果が生まれることは期待できないでしょう。「沖歴懇」としては、本土の人であろうと沖縄の人であろうと、政府側であろうと沖縄県側であろうと、“実現性”が高く、かつ“より効果的な事件・事故の再発防止策を追求すべきと考えますが、読者の皆様のご意見はいかがでしょうか?

*恐らく政府側も沖縄県側も口には出せないことでしょうが、如何なる組織においても事件・事故発生率を無にすることは不可能です。日本の自衛隊を見てもそれはよく分かります。問題は、重大事件・事故の発生をどこまで効果的に抑え込むことが出来るかです。現在の沖縄における米軍基地関連事件・事故の頻発が県民の許容範囲を越えようとしていることは、本土の人たちもよく理解していることと考えます。「沖歴懇」としては、政府と沖縄県が直接的に対策を検討するテーブルにつくことや、政府と沖縄県が設置する「沖縄賢人会議」において専門家に十分研究して貰うことが適切と考えますが、読者の皆様のご意見はいかがでしょうか?また、沖縄県が行おうとしているドイツやイタリアの地位協定の規定や運用実態の調査については、こうした対話の実現を促進する内容と質を持ったものになることが期待されますが、皆様のご意見はいかがでしょうか?

*いずれにせよ、米軍基地関連事件・事故、特に重大事件・事故の再発を防止するため、また、そのような事件・事故が生じた場合の対処手続きの透明性を高めるため、日米両国政府は真剣に努力する必要があると考えます。北東アジア情勢が緊迫化している昨今、日本の基本的安全保障体制を円滑に維持・発展させていくためにも、こうした努力を早急に行い、沖縄県民の安全・安心の度合いを高めていくことが重要です。

(構造的差別)

*「構造的沖縄差別」という言葉が実際に使われていたか否かは別にしても、日本が独立を回復したサンフランシスコ平和条約の発効によって沖縄が米国の施政権下に置かれた1952年以降、沖縄が日本に復帰した1972年までの20年間、日本憲法がそのままの形で沖縄に適用されなかったことは歴史的事実です。日本国民は、戦前戦後を通じて沖縄が長い間大変厳しい状況に置かれてきた歴史を正しく理解し、沖縄の方々が大変苦労をしてきたことに深い同情の念を持つ必要があると考えます。他方、日本復帰後56年を経た現在においても「構造的沖縄差別」が存続しているかどうかについては、慎重な検討が必要であると考えます。ここで「沖縄差別的な現在の日本の政治構造」の転換を求める翁長知事をはじめとする沖縄県内の主張について、「沖歴懇」として以下のように論点を整理したいと考えます。

*翁長知事等の代表的な主張は、憲法第11条(「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」)や第25条(「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」)で日本国民に等しく認められている基本的人権が、沖縄県民に対しては制限的に適用されているとし、また、第8章の地方自治に関し、(具体的にどの条項であるかは必ずしも明らかではありませんが)他の地方自治体に比較し、沖縄県には地方自治権が等しく保障されていないことなどのようです。本土の人たちとしては、沖縄県民の米軍基地負担問題について理解することは出来たとしても、沖縄への憲法の不適用、沖縄差別の政治構造といった主張の具体的な内容や意味合いについて理解することはほとんど不可能ではないでしょうか?こうした主張の正当性を広く訴えるというのであれば、司法に判断を求めるべきではないでしょうか?沖縄県行政の最高責任者が特定の法律を取り上げ、その沖縄県への適用が憲法に違反していると主張するというのであれば、翁長知事としては裁判にかけて徹底的にこれを追及すべきと考えますが、読者の皆様のご意見はいかがでしょうか?

*一方、「構造的沖縄差別」が、沖縄の米軍基地過重負担を強調するためのスローガンとして用いられている可能性もあるでしょう。そうだとすれば、この表現振りが本土の人たちの心に響くものであるかどうかについて、検討してみる必要はないでしょうか?本土の人たちも県民の米軍基地過重負担という現実を否定している訳ではない以上、本土の人たちが“怪訝”に思うような表現振りは避けた方が良いのではないでしょうか?読者の皆様のご意見をお聞きしたいと思います。

*繰り返しになりますが、「沖歴懇」は、基地負担軽減問題への対応や取り組み方について具体的な提案等を行うというよりも、例えば「沖縄差別」問題について、制度上の側面と歴史認識上の側面の議論を整理することなどを通じて、政府と沖縄県側の意思の疎通に貢献したいと願っております。その基地過重負担の象徴となっているのが、普天間飛行場の返還と辺野古地域への代替施設建設の問題です。「沖歴懇」としては、普天間飛行場の辺野古への移設が県民の負担軽減になるのか、或は、負担増になるかについて、改めて包括的に考えてみることが重要と考えています。この問題については次回に取り上げる予定です。

読者の皆様、

*2016年4月に沖縄で発生した米軍属による女子暴行殺人容疑事件や2017年12月の海兵隊ヘリ窓落下事故のような重大な事件・事故が生じる際には、メデイアは全国的に広くこれを報じます。しかし、月日が経つとともに、本土のメデイアの関心は薄れていきます。かつては多くの本土の人たちからも長期間沖縄県民に対する共感が表明された時期がありましたが、近年こうした気持ちも大分希薄になってきているように見受けられます。一方、沖縄県内では、米軍航空機の事故、米軍基地から生じる騒音、海水や土壌汚染といった環境問題、米軍の訓練の態様、米軍関係者による事件・事故等の大きな基地問題が発生するたびに、事件・事故の大小にかかわらず、沖縄の地元メデイアはこれを大きく報じます。こうしたことを通じて、沖縄県内では、本土の人たちは沖縄の問題に関心がない、米軍基地を押しつけている現状に同情の念も少ない、結局沖縄は昔と同じように日本から差別され、見捨てられているのだ、といったような複雑な感情が生じていることは認めざるを得ないところでしょう。

*今回は主として「構造的差別」という制度上の問題について、幾つかの論点を整理しましたが、本土の人たちにとっては、制度上の問題と並んで沖縄県民の複雑な感情という歴史問題への関心と理解が重要と考える次第です。

(了)