沖縄歴史認識懇話会

政府と沖縄の対話(その3)

沖縄県は長年にわたって日米間の地位協定の抜本的改定を訴えてきております。私ども沖縄歴史認識懇話会(「沖歴懇」)としては、今後の政府と沖縄県の対話において、地位協定改定を巡る諸々の問題点の整理と意見交換を行うことを提唱します。

その理由はつぎのとおりです。

1.沖縄県側が主張するように、日米間の地位協定は、ドイツやイタリアが結んでいる同様の地位協定とは内容的に異なっているところがあり、確かに航空を始めとする運輸関連や環境問題等に関するホスト国の法律適用に対し、より多く制限が課されていることは事実です。一方、一国の安全保障体制を比較する場合、日本はドイツやイタリアと異なり、いわゆる「普通の国」ではないという基本的側面があることを忘れてはなりません。沖縄県は日米安保条約を否定する立場を取っていないと理解しております。従ってこの基本的側面を考慮せずに、日米安保条約のもとで結ばれている地位協定のみを取り出し、その抜本的改定を日米両政府求めることには、極めて難しいところがあることを指摘しておきたいと考えます。

2.明治時代の条約改正の困難な歴史を持ち出すまでもなく、国際協定で与えた権限の縮小を相手国に承諾させるには多大な努力が必要となります。何処の国も、一度得た権限を弱めたり縮小したりしていくことには、大きな難色を示すでしょう。特に日本の場合、第二次世界大戦後日本が「普通の国」になることを選ばなかったことから生じる様々な「制約」を抱えており、その制約の変更を求めていくには相当の覚悟が必要です。米側からすれば、一旦緩急の際の自国軍の行動自由は平時においても十分確保し得る体制を維持していきたいでしょう。特にドイツやイタリア並みに同盟国に対して集団的自衛権が行使できない我が国については、現地位協定の維持を求める気持ちが強いと予想されます。日米安保関係に関する民間専門家の中には、米国は日本に対する外国からの武力攻撃に対し共同防衛する意思はないとする意見を述べる人たちがいますが、これは政府が緊急時における日米防衛協力の円滑な実施に対して日頃精を出している実務的努力に対する評価を避けた見解のように思えます。

3.地位協定の抜本的改正は、日米安保体制のもとの自衛隊と在日米軍との役割分担にも関わるものです。本来この問題に取り組んでいくためには、憲法改正を通じて日本がドイツやイタリアと同様の集団的自衛権の行使が可能にする国家体制を整備していくか否かについて国民的議論を行うことが必要と考えます。これまで政府関係者は、地位協定の改定は日米安保体制の「パンドラの箱」を開けることにつながると述べてきました。その理由の一つは、これが日本の基本的安全保障体制に関わってくるからです。安倍総理大臣は憲法改正に意欲を示していますが、集団的自衛権の完全な行使を認める規定を入れた憲法改正を現時点で念頭に置いている訳ではないようです。現在の国内政治状況はそこまでの憲法改正は許すところではないと考えます。一方、これまで日米合同委員会で合意してきた地位協定の「運用改善」では沖縄県民の基地負担の実質的軽減にならないとする沖縄県内の意見は十分尊重する必要があり、そのためには現行法体制のもとで、少しでも米軍の持つ権限を実質的に緩めていくための最大限の努力を行う以外に道はありません。「沖歴懇」としては、一方的「良いところ取り」の地位協定の抜本的改定要求も集団的自衛権の完全な行使を認める憲法改正も、現在の日本では実現性に乏しいと考えます。同時に、政府によるこれまでの地位協定運用改善の努力は不十分であり、政府も県も、更なる知恵を出していくことが喫緊の課題と捉えております。

3.「沖歴懇」は、米側に「既得権」の縮小を促す一つの有力な政治的な方法として、日米安保体制のもと防衛予算の更なる充実や日本における米軍基地の自衛隊の共同使用の拡大等を含む日米の防衛実務協力の更なる実質的推進を通じ、自衛隊が専守防衛体制の枠内で現在の米軍の持つ機能を最大限補完し得る措置を取り、以って米政府が日本政府を信頼して地位協定の大幅な運用改善に進み得る環境を整備していくことを提案します。これまでのように具体的な事件や事故の発生を受けて受動的に事務レベルで「運用改善」を図るやり方を継続していても、米側に大きなインパクトを与えることは出来ないでしょう。日米安保条約のもとにある地位協定をどこまで実質的に改善していくことが出来るかについて、国民的議論を行っていくことが重要であり、その為にも来る政府と沖縄県の対話において、地位協定に関わる諸問題の整理を行い、議論の先鞭をつけ、政府はそれを背景に米側と交渉を始めることが重要ではないでしょうか。

4.ポストSACO合意について議論する際には、土地の返還に限らず、上記の4項目すべてが対象となります。例えば、日米合同委員会の刑事分野や環境問題についての「運用改善」で規定されている米側の「(好意的)考慮」という用語は、いかにも漠然としていて米側の恣意的な判断に左右されるものと一般的に受け取られても致し方ないものであり、政府としては現行協定の枠組みで米側に変更を求めていく必要があると考えます。米側は日本側からの知恵の出し方次第では、「恣意的運用」と受け止められる現在の表現をまだまだ変更する用意があるのではないでしょうか。「沖歴懇」としては、より具体的な条件のもと自主的に米軍側が協定上の権限を緩和する意思を示す新たな規定を入れた行政取り決めを結ぶ交渉を米政府との間で始めることを提唱します。このために沖縄県側も、地位協定の専門家等の意見を参考にして、米軍側の受け入れ可能な表現振りについて知恵を絞り、政府に示していくことが望まれます

5.なお、「沖歴懇」としては、今後の国民的議論を実のあるものにしていくためにも、沖縄の歴史、なかんずく沖縄戦を経て日本に復帰する過程で沖縄県民が酷い体験をした戦後沖縄歴史についての正しい理解を広めていくことが重要と考えております。この問題については次回に取り上げたいと考えます。

今後の留意点

地位協定問題については様々な角度からの取り組みが可能ですが、「沖歴懇」としてはここでは次の2点のみ留意点として取り上げます。

1.沖縄県のイニシアテイブで全国知事会が米軍基地問題取り上げるようになったことは歓迎すべきことです。「沖歴懇」は新たな「ポストSACO日米合意」による沖縄の米軍基地負担軽減を提唱しています。土地や訓練の沖縄から本土への移転促進策について、全国知事会においても議論を深め、可能な対応策を政府に示していくことが望まれます。

2.昨今冷戦後の国際政治経済体制に対する大きな変革の波が押し寄せてきていることに鑑み、「沖歴懇」としては、日本の基本的安全保障体制の在り方について国民的議論を高めていく本格的な枠組みの創設を政府に望みます。
(了)